視点・焦点・論点

第7号 令和元(2019)年7月3日

防災まちづくりあれこれ

まちづくりコンサルタントとして、これまで地域の防災・減災活動や計画づくりにかかわってきました。
これらの活動を通して、私が日頃感じている防災まちづくりについて、「人間の本質からみた防災」といった雑感を交えて列記します。

1.ハードの防災まちづくりの方向について

 

(1)現行の防災基準を越えてやってくる自然災害

■自然現象に追い抜かれた現行の防災技術基準

50年確率降雨、100年確率降雨の降雨基準は防災対策基準としては現状に合わなくなった。
2回連続して震度7がくることは建築基準法も想定外だった。(熊本地震の教訓が教えるもの)


■異常気象(集中豪雨、台風、気温、豪雪)

地球温暖化という熱病が引き起こす異常気象、病気にかかっている地球の治療方法を考える。
北極の氷が溶けて流氷が流れ出し、シロクマが氷の上で住めなくなりつつある。動物生息環境も脅かされている。


■河川決壊、土砂災害、建物破壊

河川は氾濫するもの! そして大地は肥沃になる。肥沃を求めて危険を覚悟で人間はそこに都市を創った。
自然は悪くない。土木技術を過信して危険なところに開発を進めていく人間が問題だ。
東京も関東大震災以来、大きな地震に見舞われたことはないが、都市は高層高密度に建設されてしまった。そして東海地震がくればはじめて現行の耐震技術、防災技術の正しさがためされる。

 

■想定内にできるない想定外

防災へのハード対応には莫大なお金がかかる。 知恵を出し合って「想定内」にする必要がある。
想定外が起こるには前兆がある、でもそれを感知する人間感覚が麻痺している。(ナイアガラの滝の話が教えてくれるもの)
想定外が発生しても、第2段、第3段の防災対策をどう打つかを考えておくセーフティネット、危機管理の思想の大事さ。

 


(2)ハイテクのまちづくりへのローテクの組み込み

■スマートシティ、スマートタウン、IT化の進行

高度に情報管理された都市は効率性、利便性に優れている一方、まさかの時(災害時)は逆に脆い(都市の脆弱化)
そのため、「左手」でハイテク化の都市建設を進めるならば、「右手」でローテク化の内部化を進める必要がある。


■ライフラインとしての水、 電気、 ガス・熱、下水の確保

ライフライン「水道」は、各地域、各戸に井戸があれば水道が止まっても水は確保できる。
ライフライン「電気」は、太陽光発電と蓄電池の組み合わせで送電線が切れても電気は使える。
ライフライン「ガス」は、ガス供給会社のガス管が破断してもプロパンや炭を使えば料理はできる。
ライフライン「下水」は、下水道管が切断しても浄化槽(コミプラ)なら汚水は処理できる。


■人間のサバイバル訓練

より便利、より快適、より簡単が人間を災害に対して弱くする。
防災サバイバル体験を小中学校の「総合的な学習」の時間に組み込む必要がある。(子どもキャンプ、飯ごう炊飯、遊び体験要素も入れて)

 

 

 

 

(3)特に地震に対して、高層高密度都市づくりから低層低密度都市づくりへ

■「一極集中」から「多極分散」都市づくり国土建設

国土建設を一極集中ですすめると、災害時「親ガメこけたら皆こける」
堺屋太一氏いわく、「世界の大都市は分散傾向にあるのに日本だけが東京一極集中が進行している」ここに日本人の国民性がみえる。(それでも一極集中に向かう日本)

 

 

 


■小環境負荷都市づくり、バリアフリー都市づくり

一部ではコンパクトシティの名の下に大都市中心部では今も上空に向かって都市が伸びている。(タワービル、タワーマンション)環境負荷が大きくなり、防災対策の難しさが増す。
これからの安定成長時代、市街地を間引き、大地を人々に開放し、ゆとりと安全の都市再生が求められる。


■リニア新幹線建設と主要駅周辺での高次都市機能の集積

リニア新幹線は、時間距離を短縮しながら首都機能を分散できる絶好のチャンスだ。
リニア新幹線は、国土軸を2軸型に再編する一大チャンス(国土のラザー構造化)(富士山噴火は日本を東西に分断する)

 

 


■砂漠の中でM9が発生した場合と東京都心でM9が発生した場合を比較する

サハラ砂漠でM9が発生しても被害は大きくならない。
東京都心部でM9が発生すると甚大な人的、物的被害が発生する。
以上より、都心部周辺に高密度な都市建設を進めるのは「人災」と言える。

 

 

 

2.ソフトの防災まちづくりの方向について


(1)日常からの地域での住民の絆・コミュニティづくり(その時 近隣の人々は、そして あなたは)

■助け合う地域コミュニティづくり(共助のコミュニティをどうつくるか)

防災を「合い言葉」にした日常コミュニティ活動がまさかの時に地域住民をつなぐ。
毎朝の「おはようございます!」 毎夕の「こんばんは!」の言葉を交わすだけでもコミュニティ形成の効果はある。

 


■日常からつながるしかけづくり(祭り、イベント、あいさつ、声かけ合い、アドプト、おせっかい、共有財産の保有…)

ソフト活動だけでは時間と共に消滅していく人間の防災意識!しかし、それが人間である。
昔、盆祭り、餅投げ、神社祭り…など地域のみんながつながり合う「ソフト財産」があった。
昔、農村には、里山、神社、お寺、ため池、農道、小川…など地域のみんなが自分達で共有し、自分達で利用し、自分達で管理する「ハード財産」があった。このハード財産を媒体に人々は助け合い、協力し合い、声掛けあった

 

■楽しい防災訓練の実施例(楽しみながら防災を身につける)

行政、民間、商業施設、地域住民合同による防災訓練の実施例(泉南市合同防災訓練)
地元の技術者、建築士等による自主防災啓発活動の例(泉南市防災技術者の会
自主防災活動の例(各地の自主防災組織)(しかし、地元にいるのは、老人や婦人などの災害弱者が中心であることの問題)

 

■田尻町8000人の大家族のまちづくり例(まちが家族)

地域防災に向けての小さな“まち”の大きな取組み。(災害弱者の顔が見える)
そして、一億人の巨大家族の国づくり、日本国民が一つの家族になる。

 

 

 

 

■個人情報保護法の壁(制度の改正、個人情報の自己申告)

「命が大事か、個人情報が大事か」もう一度よく考えてみる必要がある。(「命が大事」に少し動き出した諸制度の流れ)

 

 

 

 

 

 

 

(2)住民主導のまちづくりから行政主導のまちづくり、そして再びまちづくりを住民の手に!

■管理責任の所在の変化(財産区財産、共有地、ため池、里山・・・)

戦後、高度成長期に地域財産は行政が所有、管理、運営するを公共財産としてとりあげた。そして住民は行政に対して意見を言い、要望するパターンになってしまった。
自然を忘れ、コミュニティが薄れ、管理をしなくなり、そして危険を感じられなくなった

 

■再び自分達のまちは自分達で守り、育て、創るへ!

行政に渡した地域財産を再び地域の人々の手に戻す。
それを守り、育て、治めることによって再び活性化する地域コミュニティになる。


■行政が体験した公助の限界(阪神淡路はボランティア元年)

地域防災計画だけでは助けられない地域、「公助」の限界がそこにある。
「自助」「共助」のすすめ 「江戸川区」が地元に説明した「津波災害時はただ逃げろ」のすすめは、むしろ素直な考えだ。(公助だけでは助からない)

 

 

 


(3)昔、「臣民は知らしむべからず寄らしむべし」の親心、そして今は・・・

■国民の知識レベルの上昇とSNS等情報化の進行

どこにどんな危険があるのか! どんな建物が危険なのか! をもっと国民に開示し、行政と住民はお互いに危機感を共有する必要がある。(活断層情報、耐震診断結果)


■マイナス情報の情報開示の必要性

「説明責任」を果たすだけではなく、情報の「開示責任」を果たす。

 

3.人間(人類)と自然災害について


(1)人間は忘れる動物である。現状・現場に慣れ・流される動物 それが人間である。(忘れることはよいこと、忘れなければ生きられない)

■しかし時に思い出すしかけづくりの重要性(特に防災のしかけづくり)

泉南市の海岸地域を歩いていて目に飛び込んでくる海抜高さプレートは、日々危険度を再認識させてくれる。
中国の上海で見た揚子江氾濫で過去に「浸水した深さの建物の壁表示」は目に触れる災害の記録だ。

 

 

 

ハード面(災害遺構、モニュメント碑、記念建物)

見る人に歴史の出来事を思い出させる「災害モニュメント」をもっと建てる。
東日本で一本松は残すべきでであったのか、防災庁舎は解体すべきであったのか?(広島原爆ドームは残っている)(賛否両論の中で時間が解決してくれるもの)


 

 

■ソフト面(イベント、映像、アーカイブ、記録、伝承、語り部…)

マスコミは災害を文字で残す、映像で残す、記録に残す義務がある。

神戸大学附属図書館 デジタルアーカイブ 【 震災文庫】➡


 

 

 


 

 

(2)経済至上主義(効率と採算性)から人間至上主義(安全、安心)の防災まちづくりへ

■採算性と安全性は時に相反事象

経済合理性と安全・安心への防災対策費用は相反事象であるが、この2つのバランスのとり方が人間の知恵となる。(一部屋耐震の家)
安全性と目的性は、相反事象であるが、この2つのバランスをとり方が人間の知恵だ。(ゼロ戦とグラマンの設計思想)


■あそび空間、ゆとり空間、緩衝空間、防災公園の確保

土地利用上の「あそび空間(緩衝帯)」は実は防災面からは重要な安全空間となる(ゆとりとやすらぎ空間にもなる

 


(3)人類はどれだけ技術や社会が発展しても自然に勝てない・・・「自然を正しく恐れよ!」

■(日本人にとって)自然は「母」であるのか、「父」であるのか

自然に合わそう、自然を取り込もうとする日本文化・文明(柔道、日本絵画、日本小説、日本建築)、一方、自然に打ち勝とうとする西洋文化・文明! どちらが永続性、防災性があるか?
日本人は「過去のことを水に流す民族」だ。「忘れやすい民族」だ。「忘れたがる民族」だ。(戦争、災害…)
東日本大震災から8年、そして人々の関心は薄らいでいく、その国民感覚はどこか沖縄をみる国民感覚と似ていないか。


■人類・文明はどこで発展したか

河川の氾濫は自然災害をもたらすが、逆に肥沃な土壌も生む。そして、ナイル文明、メソポタミア文明など四大文明が生まれた。


■関東大震災、阪神大震災があっても人々は生活利便性のために、もとのところに都市を再建?(東日本の高台移転は成功するか?)

水害、地震があっても人々は生まれ育った地を離れられない。
高台に避難市街地を建設するのが正しい方向か、海辺に漁村を再建するのが正しい方向か、時間が結果を出してくれる。
東日本、三陸を襲った過去の自然災害履歴と人間活動の歴史、漁村再生の歴史から学び直す。


★そして