視点・焦点・論点

第13号 令和2(2020)年7月15日

都市住民と農村住民が農業で結ばれるまちづくり

-都市と農村の新しい形での結婚-

1.はじめに

千早赤阪村は大阪府の南東部に位置する大阪府内で唯一の村です。しかし、大阪市中心部までは直線距離で20~25kmと近く、国道309号や阪神高速道路を利用すると、約30分で都心に乗り入れることができるという交通利便性のよい立地でもあり、正に都市と農村が隣合わせで立地しており、相互交流といった視点からは好条件の関係にあります。

一方、大阪府内最高峰の金剛山(標高1,125m)には、日帰り登山コースとして年間約100万人が訪れる他、14世紀、南北朝時代に日本の歴史を大きく動かした豪族楠木正成の生誕地としての史跡などには、ハイキング客も多く、自然と歴史に恵まれた村となっています。

村の「都市計画マスタープラン」の策定や「農業振興地域整備計画」の策定を数回にわたって、手伝ってきた経過を踏まえて、今回、私が「イチ押し事例」として紹介したいのは、もう一つ、この村には、山麓の地形を利用した『棚田』が古くから形成されてきたことです。

▼千早赤阪村下赤阪の棚田

棚田は山の斜面や谷間の傾斜に階段状に造られた水田のことで、小さいものまで数えれば千枚にも達することから「千枚田」とも言われます。

棚田は基本的には、農業生産の場ですが、国土保全や自然環境の維持、美しい農村風景の形成、農村文化の継承、いろんな動植物が生息する場の提供など、様々な役割を果たします。

また千早赤阪村の西部、下赤阪城趾に隣接する「下赤阪の棚田」は、農林水産省の「日本の棚田百選」に選ばれました。

大阪近郊に立地するこの棚田は、都市住民と農村住民が交流する場、都市住民が緑に囲まれた中で農を体験する場、都市住民の心を癒やす心のオアシスの場としての特色を持っており、近年注目されています。

 

 



2.棚田が結ぶ都市住民と農村住民

下赤阪の棚田は、室町時代から劣悪な条件の中、農家が耕作を続けてきました。近年、農業従事者の高齢化や後継者不足の中で、棚田の維持管理が難しくなりつつあり、耕作放棄地が増加してきました。

このような中、「日本の棚田百選」に選ばれたことを契機に、棚田保全の気運が地元の中で高まり、地元農家15人で構成する「下赤阪棚田の会」が結成されました。また、都市住民による「棚田ふるさとファンクラブ」が結成され、棚田の保全活動と都市住民との交流がスタートしました。そのいくつかを以下で御紹介します。


(1)休耕地を利用したイモの植え付け・収穫

ジャガイモやサツマイモは、棚田で育ちやすい農作物です。毎年、休耕田を利用して都市住民(ファンクラブ)の人と一緒に、3月位には、ジャガイモの植え付け、6月位にはその収穫とサツマイモの植え付け、そして10~11月にサツマイモの収穫を行っています。

山あいの緑の中で、大阪平野を眺望しながら、都市住民と農村住民が一緒に汗を流す風景があちこちで見受けられます。

▼ジャガイモ(左)・サツマイモ(右)の収穫風景



(2)「棚田ふるさとファンクラブ」による維持保全活動

大阪府では、「棚田ふるさとファンクラブ」をつくっており、多くの府民が会員になっています。ファンクラブの会員は、棚田が好きな人の集まりで、本村の棚田の維持管理面においても活発な活動を行っています。

具体的には、ファンクラブ有志による草刈り作業やサツマイモのネット掛け、休耕田の耕地としての整備などの保全活動を行っています。

その具体的な活動にあたっては、農家の「下赤阪棚田の会」の会員が、技術指導を行って互いの交流を図っています。

 

 


 

(3)コスモス園

夏に種をまいたコスモスは、秋には休耕田一面にコスモスの花が広がります。棚田のコスモス畑は、周辺の山々の緑と相乗効果を発揮してカラフルなお花畑になります。

これらのコスモスの種まき、コスモスの花摘みは、都市住民のレクリエーション活動として、また心を癒す場としての役割も果たしています。

コスモス園はまた、アマチュアカメラマンの活動の場ともなり、花の中でたたずむモデルは格好の被写体になっています。

▼ボランティアに植えられたコスモス畑(左)と楽しいコスモスの花摘み(右)


(4)市民農園、体験農園としての活用
山あいの棚田の観光農園は、大都市郊外地の農地とはまた異なった趣があります。きれいな空気と水、緑の木々は、レクリエーション活動をしたい都市住民を大いに満足させてくれるものです。本村には、棚田を利用した観光農園が約7haあり、多くの都市住民がレクリエーション活動を楽しんでいます。

村の観光農園は、単に都市住民のレクリエーションの場というだけでなく、市民農園として食料生産の場ともなっている他、小・中学生が農に親しみ土に触れるための体験農園として教育的な役割も果たしています。

▼観光農園の風景


(5)農産物直売所の運営
金剛山への登山客や楠木正成ゆかりの史跡を訪れる下赤阪城趾近くの農産物直売所には、観光客も訪れ賑わっています。ここでは棚田で収穫されたサツマイモやジャガイモも販売されており、農家と都市住民が直接交流できる場所ともなっており、このような人たちにも棚田を訪れ、棚田の魅力を知ってもらい、より多くの人々にその理解が広がることを願って運営されています。

ここでは、農家が収穫した新鮮な野菜や花を安く販売しており、少しずつですが売上げも年々伸びているということです。

▼農産物直売所の風景


(6)大阪ミュージアム構想の一環としての展開
大阪ミュージアム構想は、大阪府の橋下知事(当時)が提唱したもので、府域全体を「博物館」に見立てて、豊かなみどり・自然や歴史的なまちなみ等を「展示物等」として、それらを外に向かって発信していこうとする活動です。
千早赤阪村の下赤阪の棚田は、このミュージアム構想に位置づけられましたが、特別展として「棚田のライトアップ」が実施され、この風景を見ようと多くの人々(約1,500人)が訪れました。
この催しによって、村の棚田はより多くの人々に親しまれ、都市住民と農村住民の交流が活発になっていくことが期待されています。


3.棚田を介した農のあるくらしの普及をめざして
都市の周辺や郊外地に展開している市民農園・貸農園は都市住民の居住地に近接した農体験ゾーンです。

今回紹介した千早赤阪村の棚田は、都心からほんの数十分で行くことのできる中山間部の棚田農地を活用した日帰り農体験ゾーンです。

この事例は、大都市周辺の農村が、都市住民を交流人口として積極的に受け止めていく一例を紹介したものです。

このような関係にある地域は全国的にも相当数あると思われます。

そして、このような活動が発展すると、都市の交流人口が農村の夜間人口の増加ともなっていくことが期待でき、都市住民にとっては、心の癒しと生活にオアシス空間を得ることになり、一方、農村住民にとっては、耕作放棄地の解消、農業の継続、農村の活性化といったことに結びついていくことになります。

事実、千早赤阪村においても居住地を都市部からこの村に移してきたという事例があります。また、そこまでいかなくてもマルチハビテーションといったメニューもあります。

農業で結ばれる都市と農村、農作業で結ばれる都市住民と農村住民、「農ある暮らし」を都市周辺の居住地廻りの農地からもう少し範囲を広げてとらえ直すこともまた、今後必要ではないでしょうか。